日本語教育能力検定試験(JLTCT)の対策で分野別用語集を軸にした学習を進めていくと、困ったことが出てきます。それは音声分野の理解です。(この場合の理解は試験に合格するためのノウハウも含めた理解です。)私たちが日本語を話すときには、特に意識せずに発音していますが、話している音声はどのようにして発音しているのかと考えはじめた途端に、複雑でややこしいと感じるようになります。そして、分野別用語集は網羅的に概要として解説しているため、それだけを読んでも試験問題を解く力は育成されないのが普通です。
そのため、少しずつではありますが、日本語教育能力試験を受ける人のお役に立てるよう音声分野について載せていきたと思っています。
「撥音(はつおん)の異音」とは何のこと?
音声分野における「撥音(はつおん)の異音」ということを説明してみます。
撥音(はつおん)とは「ん」のことを指します。単語の中に「ん」の文字がある場合、どのように発音されるでしょうか。分野別用語集では、撥音とは、単語の中に撥音がある場合、口の中では次に発音する音を準備しながら、鼻に息を通して待っている状態と解説しています。
では、「ん」に異音があるのか考えていくために、10秒ぐらい掛けてゆっくりと音を移行させるように「新幹線安全」と言ってみてください。
しーんーかーんーせーんーあーんーぜーん
上の「新幹線安全」では5回撥音(はつおん)が出てきます。「ん」という音はみんな同じ聞こえ方だったでしょうか。
実は「ん」という音の聞こえ方は大きく分けると3種類あります。私たちは無意識に3種類の「ん」を発音し、使い分けています。
では、「新幹線安全」に出てくる5つの「ん」は3種類のどれに分類されるか考えてみます。ここでは位置を分かりやすくするため、「しんかんあんぜん」の「ん」に番号を付け「し ①ん か ②ん せ ③ん あ ④ん ぜ ⑤ん」とします。
1つめの「ん」の音…「有声口蓋垂鼻音」(ゆうせいこうがいすいびおん)
まず一番簡単に見分けることができる「ん」について述べます。それは、次に発音される文字がない場合の「ん」です。つまり、単語の最後の⑤の「ん」がそれに該当します。この⑤の「ん」は、次に発音する音の準備をすることがないため、舌先が上顎のノドチンコ側に行った状態となって口を閉じ、鼻から鼻音として発音されます。発音記号で言うと「N」で、正式名称は「有声口蓋垂鼻音」となります。
2つめの「ん」の音…「鼻母音」(びぼいん)
先でも述べましたが、「ん」は次に発音する音の準備をして、鼻に息を通して待っている音です。そうすると、次の文字に何が来るかでどのような準備をするのかが変わってきます。
日本語には、舌や唇で口腔を閉鎖しないで出せる音があります。それはア行、ヤ行、ワ行、サ行、ハ行の音です。
「ん」の次に発音する音が舌や唇で口腔を閉鎖しない音の場合、誤解を恐れずに言えば、「ん」は口を開けたまま口からも鼻からも「ん」と言う状態になります。
つまり、「ん」の次の文字がア行、ヤ行、ワ行、サ行、ハ行である場合は、口を開けたまま口と鼻から息を出し「ん」と言う鼻母音となります。
覚え方としては「朝は早業(はやぎょう)」(ア、サ、ワ、ハ、ヤ行)と教えてもらいました。「ん」の次の文字が「ア、サ、ワ、ハ、ヤ行」の文字ならば、口を開けたまま「ん」と鼻と口で発音することになり、鼻母音となります。
従って、②と③の「ん」が鼻母音の「ん」となります。
3つめの「ん」の音…「次の音を発音する準備をしての鼻音」
日本語には舌や唇、口蓋帆(ノドチンコの奥にある器官)のどれかを使い、口腔を閉鎖して出す音があります。それが破裂音、破擦音、弾き音、鼻音と呼ばれる音です。
では、「ん」の次の音が破裂音の「しんぱい」と「ん」の次の音が摩擦音の「まんざい」、「ん」の次が弾き音の「しんらい」、「ん」の次が鼻音(口腔の息を閉鎖して鼻にだけ息を通す子音)となる「しんまい」を「ん」の音に意識してゆっくり発音してみてください。
これらの「ん」は口からは息が出ず、すべて鼻から息が通り抜けて「ん」と言っていることがお分かりになるかと思います。これらの「ん」は、次に発音される音の準備をするため、口腔を閉鎖したまま発音することになります。そして舌や唇、口蓋帆などが次の文字を発音する準備をして待っていることになります。その待っている状態から鼻からだけ息を出し、鼻音として「ん」と発音することになります。
「ん」の次の文字がアサワハヤ行以外の文字ならば、「ん」は鼻音として発音されます。そのため、①と④の「ん」は鼻音となります。
この3つめの鼻音の「ん」ですが、次の音を出す調音点ごとに更に分類することができます。
「撥音の異音」の問題に挑戦
日本語教育能力検定試験は解答するスピードが要求されます。1問に掛けられる時間はおよそ50秒程度です。50秒以上掛かってしまうと最後の問題までたどり着くことが難しくなります。
撥音の異音の問題を作成しました。解答目標タイムは50秒以内に解くことですが、今は50秒以内に解けなくても大丈夫です。本番までに50秒以内で解けるようになればいいのです。気軽に取り組んでみてください。仲間はずれを探す問題です。
【撥音の異音】
1 かんぜい 関税 2 かんない 館内 3 せんだい 先代 4 とんこつ 豚骨 5 はんたい 反対
まず、大きな3つの分類のどれに該当するか考えます。
単語の最後の「ん」である「有声口蓋垂鼻音」の「ん」はありません。
次に、「ん」の次がアサワハヤ行となる「鼻母音」の「ん」がないかを探します。これも見当たりません。鼻母音の「ん」がないので、この選択肢の撥音はすべて鼻音の「ん」となります。
さて、これは困りました。すべて鼻音だとするならば、この先、異音をどのように見分ければいいのでしょうか。(検定試験は大抵、このような出題の仕方をしてきます。)
この鼻音を更に分類していくしか方法はありません。では分類する観点は何なのでしょうか。それは「口腔内での音を作る場所」である調音点です。「ん」の後の文字を発音するときの調音点は唇か、舌か、舌であればどこなのかで分類します。
「ん」の後の文字を発音するときの調音点を発音ながら確認してみます。すると、「かんぜい」と「かんない」と「せんだい」と「はんたい」の「ぜ、な、だ、た」の舌の位置は同じだということに気付くと思います。そして、「とんこつ」の「こ」は舌が奥の方に行くことが分かります。したがって、撥音の異音は「4のとんこつ」となります。このように撥音がすべて鼻音だった場合は調音点で分類することになります。
ただ、試験のときに実際に発音しながら確かめる方法でやっていると、時間も1問約50秒と限られているため焦ってしまい、正しい判別ができなくなることが予想されます。ましてや、声を出してしまうと不正行為とみなされる恐れもあります。そのため、対策としては、調音点(音を作り出す舌(唇)の位置)を覚えておくことをお勧めします。
昔から言われている覚え方を若干変更したものと私が考えた調音点の覚え方の例を載せておきます。参考になれば幸いです。なお、行や段の順番は調音法を覚えるときにも関係してくるので、変えない方がいいと思います。
※順番は唇からノドチンコの方に向かっていくように並んでいます。実際に、唇を動かし意識しながら、りょうしんフーフ、パパ、ババ、ママ、そして、舌を調音点に当てながら調音点ごとのフレーズが浮かんでくるようになれば、試験のときも安心です。
調音法(鼻音、破擦音、破裂音、半母音)の覚え方については、拙稿、調音法の覚え方をご参照ください。
両親、夫婦・パパ・ババ・ママ →(調音点)両唇、フ、パ行、バ行,マ行
失敬、サザン・タダなら →(調音点)歯茎(しけい)、サスセソ、ザズゼゾ、タツテト、ダデド、ナヌネノ、ラ行
稽古、指示・父に →(調音点)歯茎硬口蓋、シ、ジ、チ、チ、二
後攻、火・夜業→(調音点)硬口蓋、ヒ、ヤ行
難攻、香川→(調音点)軟口蓋、カ行、ガ行、ワ