「埠頭を渡る風」解説編⑨ 視線移動先心情代言仮説で考える

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映像描写が多い意味を考えると

あるとき、「埠頭を渡る風」では、景色や情景の描写が多いことに気が付きました。心情を表している言葉もありますが、こちらは少ない気がしました。なぜだろうと気になっていました。松任谷由実さんは言葉の魔法使いですから、きっと何か理由があるのだろうと思っていました。

 あるとき、俳人の夏井いつき先生がテレビで「映像の描写で(心情を)語らせるのよ」とおしゃっていました。このとき、「やっぱりそうか」と合点がいきました。

 ぺいの家族のことで恐縮なのですが、職場で嫌なことがあるとぺいの家族に電話を掛けてきて延々と話し続ける知人がいます。電話で長時間、嫌だったことを切々と家族に訴えてきます。知人は熱心ですが、聞いている方は正直、疲労困ぱいのようです。知人からすれば話すことがカタルシスであり、溜飲が下がり、気持ちが浄化されていくとは思います。しかしながら、ぺいの家族の立場からすると、(分かった。分かってるよ。それは、さっきも聞いた。また、繰り返すの?)という気持ちがきっと生まれていると感じます。
 何を言いたいかというと、話し手が熱心に感情を言い過ぎると、聞き手は引いてしまう、または、聞き手から同情、共感が得られにくくなり、分析的、あるいは批判的に聞かれてしまうということなのです。

 やはり、松任谷由実さんは、さすがのバランス感覚です。俳句等の忌避事項などを十分に考慮されていたのだと感じ入りました。「すごく」、「途方もなく」「絶望感に打ちひしがれるほど」などと、「悲しい」という言葉に次々と修飾していくような歌詞では伝わっていかないと考えていたのだと思っています。

 松任谷由実さんは「悲しい」に修飾語を重ねず、どうやって伝えようとしていたのだろうという疑問が出てきました。しかし、その瞬間、景色や情景を描写したところが多いと感じていたことと線がつながったのです。「これはきっと景色や情景に心情を語らせているに違いない」と。俳人の夏井いつき先生の言っていることとも重なりました。

そこで、景色や情景を描写しているところに意識を向けて聴くようにしました。しばらく、聴いたり、調べたりしていると、この物語は一人称視点(前述)だということが分かりました。

 とはいうものの、この視点という言葉がもやもやと頭の中でうごめき、しばらく悶々としていました。そして、あるときふと、景色を見ているのは晴海〔はるみ〕自身であり、風優哉〔ふうや〕から視線を大きく動かしているということに気付きました。そのことから、以下のような仮説を立てることができたのです。

「登場人物が視線を大きく動かした先の景色や情景の描写には、その登場人物の言うに言えない心情が込められており、その描写にこそ登場人物の気持ちが表されている」という仮説です。(「視線移動先心情代言 仮説」)

 晴海〔はるみ〕の視線の移り変わりについて考えてみることにします。このときの舞台は、二人が道の果てが見えるような小高い場所にいて、なおかつ風優哉〔ふうや〕の車がすぐ近くにあるような状況です。視線についてですが、晴海〔はるみ〕は、はじめは風優哉(ふうや)を見ているはずです。そこから、晴海〔はるみ〕は、青い夜空を見て、次に下の方に視線を移し、道の果てまで、ずっと続いていると認識します。晴海〔はるみ〕の自然な視線の移動を考えれば、①風優哉〔ふうや〕→②上方→③下方 と大きく視線を移動させていることになります。

 視線移動先心情代言仮説で捉えると、空を見上げたときと、道の果てを見ているところに晴海〔はるみ〕の心情が描かれていると考えます。

 人は言いたくても言えないことや思っていても言えないことがある場合に、ふと視線を移動させ、目に付いた情景に自らの心情を重ねたがるのかもしれません。

 ということで、話は大分長くなりましたが、ぺいの「埠頭を渡る風」解説編⑥ 冒頭一行目の「青い」の深い意味における「青い」の解釈が3つ目だという理由の1つは以上の考えもあったからです。

 苦しい思いをしているのは風優哉〔ふうや〕だけではないとはっきり表現されていません。苦しいという心情を書いてしまうと、聴者はそれ以上想像することを止めてしまうと考えたのではないでしょうか。
 俳句でも、「寂しそう」「悲しそう」「楽しそう」というような心情語を入れてしまうと、読者はそれ以上、登場人物の心情を探ろうとする気持ちがなくなってしまいます。詩情の底が浅くなり、侘びさびの境地からは遠ざかってしまいます。詳しく書きすぎることは思考停止させ、見えないものを想像させる機会を奪うことにもつながります。
 想像をかき立てるように表現されている松任谷由実さんの「埠頭を渡る風」、本当に奥が深く、すばらしいと感じています。

 

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